チェゼーナ Cesena
チェゼーナ (Cesena)は、エミリア・ロマーニャ州フォルリ・チェゼーナ県 (Forlì-Cesena)にある都市で、フォルリ (Forlì)と並んで、フォルリ・チェゼーナ県の県都である。
アクセス
ミラノから電車で東のアドリア海に向かって進み、4時間半ほどかかります。特急でも2時間半かかります。ボローニャからは1時間で行けます。
鉄道の駅は旧市街からみると北の端に当たり、旧市街までは1kmほどあります。ただし旧市街の中は広くはないので、大聖堂から城まで比較的楽に回ることができます。
歴 史
紀元前3世紀にはローマの支配する地となっています。西ローマ帝国の崩壊後はビザンティン帝国のラヴェンナ総督による支配も弱く、ロンゴバルド王国の支配下に入っています。
754年にフランク王国のピピンがローマ法王に寄進した領域に含まれ、以後法王領となっています。一時フォルリのオルデラッフィ (Orderaffi)家により支配されましたが、14世紀後半に法王ウルバヌス6世によりリミニのマラテスタ (Malatesta)家に統治権が与えられ、後にノヴェロ (Malatesta Novello)により、現在に残る堅固なマラテスティアーナ城 (Rocca Malatestiana)が構築されたほか、橋やダム等公共の施設が造られ、繁栄をしています。
また、欧州で最初の公共図書館で、ルネサンス期の模範的とされるマラテスティアーナ図書館 (Biblioteca Malatestiana)が造られており、写本を多く所蔵しています。
なお、チェゼーナの出身の聖職者のなかからピウス6世 (1775-1799)とピウス7世 (1800-1823)の二人が法王として選出されています。前者はフランス革命からナポレオンによるイタリアの征服時代にはフランスに捕囚となり、後者はナポレオン没落後の欧州の混乱期にローマ法王庁の承認と法王領の回復を果たしています。
なお更にピウス8世 (1829-1830)はチェゼーナの司教から法王になっていますので、チェゼーナは三人の法王を出した街と言われています。
その他の情報
「JAPAN-ITALY Travel On-line」→「小都市を訪ねる旅」→「第3回 チェゼーナ ユネスコ記憶遺産のある街」
1. Duomo (San Giovanni Battista) 大聖堂
駅前の広場を東に向かいカブール通り (Corso c.b. Cavour)に出たら右折して、ひたすら南下して行きます。
途中大通りを数本渡り、両側に同じ形をした門のような建物を通ると旧市街に入ります。通りの名前はソッツィ通り (Corso Gastone Sozzi)と変わりますが、そのまま進むとパオロ2世広場 (Piazza Giovanni Paolo II)に出ます。ドゥオーモの正面はこの広場に西面しています。
14世紀末に建設が始められ、1405年に完成しています。当初はロマネスクーゴティック様式でした。現在の聖堂は1890年に新ゴティック様式で改築されており、入口は一箇所のみで、六本の片蓋柱が二層目まで伸び、上には丸窓があるだけの簡素な造りです。
左側奥の鐘楼は15世紀の建設です。入口の上には聖母子と聖マウロ (San Mauro)と聖ヴィチニーノ (San Vicinio)が、その下に磔刑のキリストの浮彫の青銅板がありますが、聖堂の入口左手に立つ洗礼者聖ヨハネの青銅像は20世紀の作品です。
聖堂内は三廊式で、中央主祭壇にはキリストの磔刑像が天井から下げられ、アプシスに沿って聖歌隊席が半円形に並び、その中央に司教座が置かれています。
側面には生誕と鞭打ち、の絵があるだけでその他には飾りはありません。
右側廊の四番目の聖体 (Corpus Domini )礼拝堂は、聖杯をわき腹に添えて立つキリストの両脇に洗礼者聖ヨハネと福音書記者聖ヨハネが立つ、大理石製の大きな衝立で、ルネサンス様式で彫刻されたブレノ (Lorenzo Bregno)1497年作の礼拝堂です。
この礼拝堂の対面に左側廊から飛び出した形で聖母 (Madonna del Popolo)礼拝堂があります。この礼拝堂は18世紀に建設されたきらびやかなバロック様式で、ドーム天井のフレスコ画はジャックィント (Corrado Giaquinto)の作です。
右側廊には司教 (Antonio Malatesta)の墓があり、左側廊には洗礼盤があります。
内陣の下は地下聖堂になっており、聖マウロの聖遺骨が安置されています。新しく明るい地下聖堂です。
2. Osservanti (Chiesa e Convento dei frati Minori Osservanti) フランチェスコ会聖堂
聖アゴスティノ聖堂 (Sant'Agostino)の正面のスチェヴォラ・リチェプティ通り (Via Scevola Riceputi)を南下すると、ロータリーの場所に昔の水車小屋かと思われる小さいが煉瓦造りの頑丈な建物があります。
その建物を廻って、南に伸びているオッセルヴァンツァ通り (Viale Osservanza)の突き当りに聖堂があります。正面は北面しています。
チェゼーナの領主ノヴェロ (Malastina Novello)の妃 (Violante)により、現在アゴスティノ聖堂となっている場所から1457年にこの地に移り建設されています。1791年に再建されています。
聖堂の前には三連式アーチ型の柱廊があり、上には半円形の窓があります。
聖堂内は単廊式で、正面主祭壇には15世紀制作のキリストの磔刑像が置かれ、一段と高くなっている内陣の両脇にはオルガンが設置されています。
ドームには天の神と多くの天使が描かれています。新古典様式で装飾されています。
両側に三箇所の礼拝堂が並びますが、中央の礼拝堂はイオニア式柱頭飾りの円柱が並ぶ奥に一段と広くなっています。
右側の礼拝堂には無原罪の御宿り、が左側の礼拝堂には聖母子の絵が掲げられています。なお、左側の最初の礼拝堂には聖フランチェスコと福者ルッフィーノ (Ruffino)の像があります。
参 考
Fratres de Observantia(フランシスコ会原始会則派)
フランシスコ修道会の内部に1370年ころから起きた改革運動。イタリア全土に広まり、1517年には法王レオ十世により独立の修道会として認可されています。
3. San Zenone 聖ゼノーネ聖堂
駅前からカブール通りを南下して、旧市街に入り、名前の変わったソッツィ通り (Corso Gastone Sozzi)からすぐに右折してウベルティ通り (Contrada Uberti)に入ると右側にあります。
13世紀末に建設された古い聖堂で、18世紀に改築されています。なお奥に見える三角錐を載せる鐘楼は建設当時のままで、ロマネスク様式を留めています。
煉瓦造りの聖堂の正面は漆喰できれいに彩色されています。
聖堂内には、ミラニ (Giuseppe Milani)作のフレスコ画とカリガリ (Francesco Calligari)作の像があるようです。
4. Santa Maria Del Suffraggio サンタマリア・デル・サフラッジョ聖堂
ドゥオーモの右側面に沿っているジュゼッペ・マッツィーニ通り (Corso Giuseppe Mazzini )を西に向かい、リドット宮 (Palazzo del Ridotto)のある広場からゼッフィリーノ・レ通り (Via Zeffilino Re)に左折する角にあります。
正面はゼッフィリーノ・レ通りに面しており、西面しています。
小さな聖堂で、街並みに同化していますので、マッツィーニ通りを歩いていると気が付かずに通り過ぎてしまいそうです。
なお、レ通りをそのまま進むとポポロ広場から城に向かうことができます。
17世紀初めにユダヤ教会のあった場所に建設され、1685年に改築されています。
聖堂内は単廊式で、バロック様式で装飾されています。
主祭壇はジャックィント (Corrado Giaquinto)1752年の作キリストの生誕、です。なお、ドゥオーモの左側廊にある聖母礼拝堂のドームのフレスコ画もこの作者の作品です。
左右の壁には多くの聖人立像が並んでいます。ドームから明るい光が差し込む美しい聖堂です。
5. Santa Maria Nascente (Boccaquattoro) サンタマリア・ナシェンテ聖堂
ドゥオーモの右側面に沿っているジュゼッペ・マッツィーニ通り (Corso Giuseppe Mazzini )を西に向かい、リドット宮 (Palazzo del Ridotto)のある広場 (Piazza Almerici)で、右折して図書館 (Biblioteca Malatestiana)に向かい、西側のファッブリ広場 (Piazza Fabbri)にあります。正面は東面しています。
1252年に建設され、チェゼーナでも一番古い聖堂に属します。1754年に自治都市共和国の信心会の旗印の元の聖堂(Confraternita del Gonfalone)となっています。
その後数次にわたり改築を重ね、18世紀に新古典様式で改築された後、正面は19世紀になって改築されています。単廊式の小さな聖堂です。
6. Sant'Agostino 聖アゴスティノ聖堂
ドゥオーモの右側面に沿っているジュゼッペ・マッツィーニ通り (Corso Giuseppe Mazzini )を西に向かい、ストリナティ通り (Via Strinati)に左折して南下すると駐車場に出ます。
通りの向かい側の駐車場は聖堂の左側面です。側面に沿ってミラニ通り (Via Milani)から南に廻ると聖堂の正面に出ます。聖堂の側面は駐車場になる広場がありますが、正面には広場がないので、全体は見渡せません。
13世紀半ばにフランチェスコ派により建設された聖堂でしたが、15世紀に当時の領主ノヴェロ (Malastina Novello)の妃 (Violante)により、アゴスティノ派の聖堂に変更させられています。フランチェスコ派の聖堂はオッセルバンザに移っています。
聖堂の正面は化粧板を貼る穴が無数に開いており、煉瓦積みのままです。中央に八角形のドームが載り、右側奥に離れて鐘楼があります。
聖堂内はバシリカ式で、ジェンガ (Girolamo Genga)作の無原罪の御宿り、は現在ミラノのブレラ美術館に収容されています。その他、赤子殺し、や聖母と聖ジャコモと聖エラスモ (San Erasumo)など17世紀半ばの作品があります。
7. Santi Anna e San Gioacchino 聖アンと聖ジョアキーノ聖堂
ドゥオーモの右側面に沿っているジュゼッペ・マッツィーニ通り (Corso Giuseppe Mazzini )を西に向かい、リドット宮 (Palazzo del Ridotto)のある広場からゼッフィリーノ・レ通り (Via Zeffilino Re)に左折し、サンタマリア・デル・サフラッジョ聖堂 (Santa Maria Del Suffraggio)の前を通ってそのまま進むと広いポポロ広場 (Piazza del Popolo)に出ます。
広場の中央には四面にトリトンや魚やライオンなどにぎやかに彫刻が施された噴水 (Fontana Masini)があり、聖堂はこの北側にあります。正面は南面しています。
17世紀半ばに後期マニエリスム様式で建設されています。一箇所の入口の両脇に片蓋柱が高く伸びて切妻式屋根を支え、更にその上に壁龕を持つ飾壁が載る、背の高い聖堂です。
聖母の両親である、聖アンナと聖ヨアキムに奉献した聖堂で、聖堂名としてはあまり多くはありません。
参 考
Abazzia del Santa Maria del Monte サンタマリア・デル・モンテ修道院
旧市街から東に1.5km先の山の上にベネディクト派のサンタマリア・デル・モンテ修道院があります。10世紀の半ばにチェザーナの司教であった聖マウロ (San Mauro )により、1000年頃に造られた修道院です。
その後フォルリのオルデラッフィ (Francesco II Ordelaffi)に占領され、軍事施設に使用された時期がありました。ブラマンテ様式を模倣した中央にドームの載る聖堂です。
Cesena 近くの街
Cesenaから南へ約25kmのモンテティッフィ (Montetiffi)
「emiliaromagnaturismo」↓にCesenaの観光案内があります。
http://www.emiliaromagnaturismo.com/en/locations/cesena-fc/details?ID=1456
この中で「Don't miss」というところに、「ピアディーナ」を焼くモンテティッフィ産のテラコッタ製パン(素焼きの平たい鍋)を買うように、と書かれています。
"terra cotta pan in Montetiffi" の詳細は、
こちら→「The Terracotta Dishes of Montetiffi」
そしてこちら→「Inside Maurizio and Rosella’s Terracotta Life」
これ↑を見ると、是非行って、テラコッタ製のパンで焼いた「ピアディーナ」を食べたくなりますね。
次の訪問地、リミニ (Rimini)に行く途中に寄り道できそうです。