フェルトレ Feltre

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 フェルトレ (Feltre)は、イタリア北東部ヴェネト州ベッルーノ県 (Belluno)にある、県都ベッルーノに次ぐ第2の都市。

 

【アクセス】

 ヴェネツィアから鉄道で訪問する際には、トレヴィーゾ(Treviso)で乗り換えて2時間ほどかかります。パドヴァ(Padova)から訪問する場合には、モンテベルーナ(Montebelluna)で乗り換えるて1時間半ほどになります。

 

 ドロミティ国立公園(Parco Nazionale delle Dromiti Bellunesi)の入口に当たる街で、街の北側には遠く雪山を望むことができます。

 駅は南の端にありますので街に向かって北上して登って行くことになります。

  

東西の道を繋ぐ多くの階段
東西の道を繋ぐ多くの階段

【歴史】

 ローマ時代から街の存在が確認されていました。紀元前148年に設営されたピアチェンツァ(Piacenza)からアクィレイア(Aquileia)までを結ぶ、ポストミア街道(Via Postumia)の主要な枝道であるクラウディア・アウグスタ通り(Via Claudia Augusta)にある交通の要所として発展していきます。

 

 そのため、ロンゴバルド王国の下では要塞が置かれましたが、その後はグラッパ(Bassano del Grappa)、ヴェローナ(Verona)などの近郊の街の領主による支配が繰り返されただけでなく、神聖ローマ帝国やヴェネツィアの支配を受けています。

 近年になってもナポレオン、オーストリア等、街は多方面からの被支配の歴史でした。

 

【街を歩く】

 旧市街は丘の上に向かって、東西に広がって発展して来ていますので、街の主要な通りは東西に伸びて段々畑のように並んでおり、その間を階段が繋いでいます。

 

 街のふもとの主要幹線道路のローマ通り(Via Roma)から、北に向かって、カンポ・ジョルジョ通り(Via Campo Giorgio) 、ヴェッケリア通り(Via de Veccheria)、メッツァテッラ通り(Via Mezzaterra)、コルナロッタ通り (Via Cornarotta)、パラディーソ通り (Via Paradiso)、サリータ通り(Salita Giovanni da Vidor)、とさまざまな幅や長さの道路が並んでいます。

 地図上では高低差が分かり難いので、訪問する場所が地図上で近いだけではなく、どの道に面しているかで判断し、目的地の順番を決めてから動き出さないと登ったり降りたり、高低差に悩まされることになります。高齢者には厳しい街のように見受けられます。

 

 丘の上のアルボイノ城 (Castello Alboino)はロンゴバルド王国時代の6世紀に要塞として建設されていましたが、12世紀以降、城として改築を重ねてきています。右手には方形の高い塔が聳え立ち、頑丈な石造りの城は街のシンボルです。

 

 城の前のマッジョーレ広場 (Piazza Maggiore)にはヴェネツィアを象徴する聖マルコの表象である有翼のライオンが載る円柱が建っています。周囲には市庁舎や図書館など歴史的建造物があり、政治・宗教の中心です。一方、庶民の街は丘のふもとにあります。

 

1. Duomo 大聖堂 (Concattedrale di San Pietro Apostolo)

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 駅前からピアーヴェ通り(Viale Piave)を北上し、カスタルディ通り(Via Comelio Castaldi)に入って、さらに北上すると目の前に大聖堂の鐘楼と後陣が見えて来ます。

 

 聖堂はローマ時代の遺跡の上に建っており、大聖堂前の広場では現在でも考古学発掘調査が進められています。

 14世紀に建設された聖堂をルネサンス時代に改築していますが、鐘楼は14世紀に建設されたままの状態です。

 

 

 聖堂の正面は新しい白い石が積み上げられた単純な造りになっており、歴史の重みは感じられません。

 

 

 聖堂内は三廊式です。

 

 一段高くなった内陣の奥の中央主祭壇には聖母を見上げる聖ピエトロを描いた絵が掛けられています。

 

 

 左側面には色鮮やかなフレスコ画で聖ピエトロの生涯が天井まで描かれています。

 

 

 聖堂の両側壁にはパドヴァの聖アントニオ、聖母、洗礼者聖ヨハネ、聖ジェロニモ、などの礼拝堂が並び、17世紀初めにフェルトレで活躍したテリリ(Francesco Terilli)が手掛けたキリスト像と聖人の彫像のほか、16世紀から19世紀までの絵が掛けられています。

 

 

 説教壇は身廊の右柱に設けられており、扉口の内側の上にはオルガンが設置されています。

 

地下聖堂 (Cripta)
地下聖堂 (Cripta)

 

 なお内陣の下には12世紀に建造されたと見なされる三廊式の地下聖堂があります。

 

 半地下形式なので、外部から光が取り入れられており、内部が良く見えるようになっています。

 

 

 祭壇には16世紀にフレスコ画で描かれたピエタがあります。

 

 

 天井にはキリストの受難を描いた板絵が一面に貼り付けられています。

 

 天井が低いために、一枚一枚を目近に見ることができます。


 

 聖堂の左側奥に洗礼堂があります。

 

 

 扉口の前にコリント式の柱頭飾りの付いた円柱が並ぶ新古典主義様式の小さな建屋です。

 

 現在は使用されていません。

2. San Giacomo Apostolo 聖ジャコモ聖堂

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聖堂正面 (Google StreetView)

 街の中心を東西に走るメッツァテッラ通り(Via Mezzaterra)の西端に近く、通りの南側にあります。

 

 メッツァテッラ通りは、西端にはカスタルディ門(Polta Castaldi)があり、東に向かうとマッジョーレ広場を通って、東端のオリア門(Port'Oria)に出ます。両側に門を構える重要な通りであることが分かります。

 

 15世紀に街の有力者が個人の礼拝堂として建設しましたが、現在では公に開放されています。通常の家が並んでいるなかで、通りに面して扉口がある小さな聖堂です。

 


聖堂内部 (Wikimedia Commonsより)
聖堂内部 (Wikimedia Commonsより)

  扉口の上に剥落したフレスコ画が見られることで、やっと聖堂であることが分かるほどです。

 

 

 聖堂内は単廊式です。

ローマ通り西端から鐘楼を遠望
ローマ通り西端から鐘楼を遠望

 

 なお、ローマ通り(Via Roma)まで下がると、聖堂には鐘楼があることが分かります。

 

3. San Rocco 聖ロッコ聖堂

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 丘の上のアルボイノ城(Castello Alboino)の脇にあります。聖堂の前には広いマッジョーレ広場(Piazza Maggiore)がありますので、聖堂全体を見渡すことができます。

 

 1576年に街に流行したペストが終焉したことに感謝して建設されています。

 

 

 マッジョーレ広場から聖堂の前にかけて更に広場があり、坂の上にある聖堂には両脇から階段を登って行くことになります。

 

 

 聖堂前のテラスにはマッジョーレ広場に向かって聖マルコの表象である有翼のライオンの浮彫が飾られており、マッジョーレ広場の有翼のライオンと向き合っています。

 

 

 聖堂の正面には一か所の扉口があり、両脇の壁龕には聖ロッコと聖セバスチャンの二人の聖人像が収められています。左奥には鐘楼が見えています。 

 

 

 聖堂内は三廊式で両脇に礼拝堂が並んでいます。

 

 祭壇にはテリリ(Francesco Terilli)が17世紀に作成した木造のキリストの磔刑像があります。